悲しみからもっと学びたい/産科医 竹内正人 takeuchimasato.com

悲しみからもっと学びたい・・“7年目の助産師”さんの投稿から

2011年9月18日

震災から半年を向かえた9月11日、そしてNYテロから10年を迎えた9月11日、僕のブログへ「7年目の助産師」さんからのコメントがありました。
おなかのなかの赤ちゃん、お母さんに、突然、予期せぬことが起こったとき、できることを尽くして、どうしようもない結果であったとしても、僕たち医療者は、目の前に突きつけられた結果にいたたまれない思いになるし、自分の振る舞いや言動に、「本当にあれでよかったのだろうか・・」と、後に、深い苦しみや後悔にさいなまれます。
残念ながら、これは周囲の仲間と分かち合うことが難しい、閉ざされた苦しみです。そんなことできるはずはないのに、こうした感情を自分で処理をしなくてはいけない/セルフケアを期待されている。もしくは、建前上、医療者はそんな気持ちを抱いてはいけないと思われているかのようです。
こうした苦しみや悲しみを、仲間とどうシェアできるのか? 周囲はどう接し、どうかかわればいい? これは、僕のなかの大切なテーマのひとつ、昨日もこのテーマでワークショップを行いました。
「7年目の助産師」さんからのコメント(一部改変)を紹介させてもらいます。

竹内先生、はじめまして。私は病院で働いている助産師です。
常位胎盤早期剥離(以下早剥とす)で赤ちゃんを亡くされたお母さんと関わりました。2ヶ月前のことです。

陣痛開始で入院されたのですが分娩経過中に早剥と診断がつき、帝王切開で赤ちゃんが生まれました。生まれたときには赤ちゃんはすでに亡くなっていました。分娩件数も少なく、小児科もない病院です。見よう見まねで蘇生を試みましたが、赤ちゃんが泣いてくれることはありませんでした。外来では何度か顔を会わせていました。妊娠後期に、妊娠浮腫と蛋白尿が認められ、入院した経過もありました。入院中に本人の希望もあり(前駆陣痛だったのですが)、2日にわたり誘発分娩を試みた経過もありました。

助産師として無責任だった自分の言動、判断の甘さ、知識と経験不足…後悔と罪悪感でいっぱいでした。お母さんもDIC(注:出血がとまらなくなる状態)を発症し、一時は危険な状態になりました。…一番つらくて悲しい思いをしているのは、お母さんとご家族の方々なのだからと自分に言いきかせて今日まできました。逃げ出したりでもしたら、もう助産師には戻れない気がしました。それでも毎日がつらくて、同じような経験をされた方がいないかとネットや本を探していました。そんなとき「赤ちゃんの死へのまなざし」に出会いました。医療者のケアについて触れたものはほとんどなかったので、救われる思いでした。

今回のことに関しては、直後は訴訟のことを意識したのか、上のほうからの事実確認や振り返りがありました。とにかく記録をきちんと書くように言われました。お母さんが退院されてからは、何事もなかったかのような毎日が過ぎていきました。私に気を遣ってくれているのかもしれませんが、それは苦しいことでした。当事者以外の助産師の、他人事としか思っていないような態度もつらかったです。尊敬していた師長さんも、遠い存在でした。
だからこそ私は、自分の中でたくさん振り返りをしました。それは、今回のようなつらくて悲しい思いを他の助産師にはしてほしくないという気持ちと、私自身が前に進むためでした。

私は、今回の出来事を一生忘れることはないと思います。忘れてはいけないことだと思っています。周りの配慮からか、そのお母さんの担当から外された時期がありました。私も構えてしまい、それからお母さんのところに行けるまで、だいぶ時間がかかってしまいました。今でも申し訳なく思いますし、赤ちゃんを亡くされてからのお母さんやご家族の方の気持ちを思うと心が痛みます。
これから私ができること…私がすべきこと…時間がかかるかもしれません。
答えなんてみつからないのかもしれません。それでも私は考えていかなければならないと思います。それがきっと赤ちゃんが身をもって私に教えてくれたことなんですよね。
私は、先生の本とブログに出会えたことに感謝しています。
投稿: 7年目の助産師 | 2011年9月11日 (日) 産科医 竹内正人のいのちのブログ(現在閉鎖中) 

患者さんは、僕たちがこうした思いでいるなんて想像できないでしょう。逆に、沢山のなかの1人(ひとつ)でしかないのだろうから、医療者は自分(たち)のことなど、いずれ忘れてしまうだろうと思うかもしれません。でも、僕たち医療者が自分のこうした体験を忘れることはありません。
誰もが、時を戻してもう一度やり直すことはできません。もちろん、僕たち医療者も同じです。だから、現場でもがいている「7年目の助産師」さんのような医療者を見捨ててはいけない。予期せぬことに関わった医療者のケア・サポートは大切だし、かかすことができないのです。内部からもっと変わってゆけなければ、善良な多くの医療者・仲間たちが壊れてしまうのではないかと危惧しています。
こうした悲しみからもっと学ぶことで、医療が、医療者にとっても、より優しい環境になってゆければ、医療者は患者にもより優しくできるだろうし、自分の仕事にもっと誇りをもてるようになると僕は思います。